大東亜戦争はアメリカから仕掛けられた自衛戦争

日本の指導者が愚劣で、闇雲に大戦を始めたというのは、東京裁判史観ですが、そうではないのです。日本の首脳が日米開戦を避けようと懸命の努力をしていたのです。第二次世界大戦後は、戦前のすべて悪で、アメリカはすべて善と見る風潮が流行っていますが、決してそんなことはありません。

アメリカは開拓者精神で出来たような国です。コロンブスのアメリカ大陸の発見以来、西へ西へと方向へと進み続けることをインプットされたような国であったのです。そんな国ですから、西から移民してきたシナ人や日本人が移住して成功するのが我慢ならなかったのです。

また、移住してきた日本人やシナ人を迫害して追い出し、フロンティアが消失すると、新たなフロンティアとして中国大陸を求めたのです。そこに立ち塞がったのが明治維新後急速に近代化を遂げ、日清戦争で清を破り、日露戦争でロシアを破り強国となった日本でした。アメリカは当時に日本に恐怖みたいなものを抱いていたではないかと推測されます。

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・原爆や空襲による民間人大量虐殺は米国の戦争犯罪

排日移民法で一方的に、移住してきた日本人を追い出し、ABCD包囲網を作って日本を経済封鎖し、「ハル・ノート」という最後通牒を突き付ける。日本は加工貿易で成り立っている国です。経済封鎖されて原材料が一つも入ってこなくなったらひとたまりもありません。太平洋戦争はアメリカから日本つぶしを狙って仕掛けられたマッカーサーも認めた自衛戦争だったのです。

以下、渡部昇一先生の「昭和大戦の道 日本の歴史6 昭和編」よりご紹介します。
1. 恐怖と憎悪が生んだアメリカの排日運動
2. この大戦の遠因はアメリカ移民の問題にある
3. 対米感情を一変させた排日移民法
4. 日本を追い詰めた脅迫的「ハル・ノート」
5. マッカーサーも認めた「自衛戦争」

■恐怖と憎悪が生んだアメリカの排日運動

新たなるフロンティアを求めてシナ進出を狙うアメリカにとって、日本は邪魔な存在となった。シナ大陸にはヨーロッパ列国も進出しているが、それらは同じ白人の国であるからどうしても憎悪は日本にだけ向くことになる。

汚い言葉を使えば「あの黄色い猿さえいなければ」というのが、アメリカ人の率直な感覚であったろう。人種的偏見が当然の時代である。自分たちが行きたいところに有色人種がすでにいたとなれば、それが怒りに変わるのは当然のことであった。

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・日露戦争勝利で植民地支配されてた有色人種が目覚めたが…

これに加えて、日露戦争の勝利は、アメリカ人の心に微妙な影を落とした。一言ことで言えば、恐怖感である。日露戦争で日本がバルチック艦隊を沈めたとき、アメリカ人がまず感じたのは、「日本には恐るべき連合艦隊があるのに、我々は対抗する艦隊を持っていない」ということであった。

アメリカの新聞で「日本襲来」という記事(もちろん誤報)流れるようになったのが日露戦争以後なのは、こうした事情を抜きにしては説明できない。たとえば、日露戦争の翌年にはすでに「日本軍がハワイに上陸した」とか「日本がメキシコと同盟を結んだ」「日本がアメリカに最後通牒を送った」というニュースが流れている。今から考えると、そんなニュースが大真面目に報道されるとは信じがたい話だが、そうした与太話を真に受ける人もいたほど、アメリカ人の日本に対する恐怖は募っていたのである。

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【出典】http://kindai.ndl.go.jp/ より

「日本への怒りと恐怖、こうした感情がドンドン醸成されていた結果、生まれたのがアメリカ本土における排日運動であった。

アメリカにおける排日の歴史について主な事実だけを書けば、
・1,906年 サンフランシスコ市教育委員会 日本人・コリア人学童の隔離教育を決定
・1,907年 サンフランシスコで反日暴動
・1,908年 日米紳士協定(日本が移民を自粛するかわりに、排日的移民法を作らないことを米国が約束)
・1,913年 カルフォルニア州で排日土地法成立

2. この大戦の遠因はアメリカ移民の問題にある

こうした反日運動の総決算として生まれたのが、1,924年(大正13年)5月に成立した、いわゆる「絶対的排日移民法」である。これは、それまでの排日法が州法であったのと違い、連邦法であった。つまりアメリカは、国全体として日本人移民を排斥することにしたのだ。

この「帰化(国籍取得)に不適格なる外人」に関する移民法にクーリッジ大統領は署名した。これが、「帰化不能外国人移民法」とか「絶対的排日移民法」と言われるものである。これによって紳士協定は一方的に破棄され、日本人移民は実質上禁止されたことになる。

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・日米戦の遠因となった排日移民法 【出典】http://blogs.yahoo.co.jp/nature091009290519/ より

日系人の地位は、1,882年(明治15年)以来のシナ人と似たものになってしまった。日露戦争に勝っても、黄色人種の日本人は、アイルランド人に比べても下等人種と見なされたのである。日本はアイルランドを支配しているイギリスと対等の同盟国なのに、アメリカでは劣等民族扱いであった。

それまで、日本人の大部分は親米的であった。しかし、これ以後、日本における対米感情は反米に変わってしまうのだが、それは当然の成り行きであり、アメリカ大使館の前で切腹する人も出た。

この法律が生まれたことは、日本のみならずアメリカにとっても極めて不幸なことであった。というのは、日本政府自体はアメリカと協調外交を継続しようとする意思を持ち続けていたにも関わらず、この法律以後は世論が許さなくなったからである。「何故アメリカの言うことばかし聞いて妥協ばかりするのか」と議会で言い出されれば、いかなる政治家、いかなる外交官でも答弁にキュウスル。

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後に昭和天皇になられる皇太子裕仁親王は、大正10年(1,921)の11月に大正天皇御不例のため摂政になられた。そのわずか三年後に、このような平手打ちのような仕打ちをアメリカから受けたことは、強く記憶に刻み込まれたに違いない。戦後に昭和天皇が言われたことの中に「この大戦の遠因はアメリカ移民の問題であり、近因は石油が禁輸されたことにある」という趣旨の部分がある。まことに正鵠を得た御観察だったと思う。

3. 対米感情を一変させた排日移民法

近代法治国家の大原則は、「事後法で人を裁かない」ということである。つまり、後から自分たちに都合のいい法律や判例をつくっておいて、それで他人を狙い撃ちするようなことをしてはならない訳だが、アメリカ人たちは近代法の精神を踏みにじってでも、日本人を排斥したかったのである。

1,790年(寛政2年第11代将軍家斉の時代)の帰化法は、主として欧州からの白人移民のためのものであったが、奴隷解放後はアフリカ人にも適用された。ところが1,882年(明治15)、シナ人の帰化を認めない法律を創り、それを日本人にも及ぼすことになったのである。彼らの日本人に対する憎悪たるや、今考えても身震いするほどである。

それまで日本はアメリカに協調しなかったことはなく、すべて国際的にもうまくやっていたのである。一方的にアメリカが日本を敵視したのである。

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【出典】http://blog.goo.ne.jp/georgiarule/ より

この絶対的排日移民法の成立が、日本の対米感情を一変させた。すでにアメリカの排日運動は20年近く続いていたのだが、日本人の心にはどこかアメリカに対する期待や信頼があって、この法律制定までは反米的な主張はすくなかった。これ以来、アメリカに対する感情はまったく逆転するのである。

渋沢栄一という人は、温厚円満な人格で知られた財界の大御所である。そのような人物でさえ、アメリカの排日移民法の成立を見てショックを受けたというのであるから、他は推して知るべしであろう。言うなれば、このとき感じた日本人の「怨念」が、そのまま日米開戦につながると言っても過言ではない。

戦後に出版された様々な回顧録などを読むと、「日米開戦を知って、『これは大変なことになった』と思った」ということがよく書いてある。もちろん、これは嘘ではない。だが、その一方で当時の日本人の多くが「これでスカッとした」という感情を抱いたことを言わねば、真実を語ったことにはならないのである。

4. 日本を追い詰めた脅迫的「ハル・ノート」

アメリカという国に対するイメージは、昭和の前期と後期では180度違う。戦前の日本人にとってのアメリカとは、「日本人を侮辱する人種差別の国」であり、言ってみれば少し前の南アフリカ共和国のようなイメージであった。

しかもアメリカは、日英同盟を解消させ、さらには日米開戦前、ABCD包囲陣を作って日本を経済封鎖し、鉄鉱石一つ、石油一滴入れないようにした(Aはアメリカ、Cはチャイナ、Bはイギリス=ブリテン、Dはインドネシアを植民地にしていたオランダ=ダッチ)。言うまでもないが、石油や鉄がなければ20世紀の国家は存続し得ない。それをまったく封じてしまおうというのだから、これは日本に「死ね」と言ってるのに等しい。

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【出典】http://www12.plala.or.jp/ より

実際、これによって日本は瀕死の状態に陥った。最初、海軍は対米戦争をやる気がなかったが、禁輸によって石油の備蓄を食い潰すしかないという昭和16年(1,941)になって、はじめて開戦を決断する。海軍大将、山本五十六のような人でさえ、海軍次官の頃には「海水から重油が採れる」という詐欺師に騙されたほど、石油問題では悩まされていた。

さらにアメリカは日本に追い撃ちをかけるように、「ハル・ノート」を突き付けてきた。それはこれまでの日米交渉のプロセスを一切無視し、日本政府が呑める訳がない要求ばかりを書き連ねてきたものであって、実質的な最後通牒と言っても良い。事実、アメリカの首脳の間では、そういう認識があった。

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実際、後に東京裁判のパル裁判官はアメリカの現代史家ノックを引用して、ハル・ノートのような覚書を突き付けられたら、「モナコ王国やルクセンブルグ大公国のような小国でも、アメリカに対して矛を取って立ち上がったであろう」と言っているが、まさにその通りである。

ハル・ノートと言われるが、本当はハル国務長官の案ではなく、財務省高官であったハリー・ホワイトが起草し、ルーズベルト大統領が「これで行け」と言ったものであることが、戦後明らかになった。野村・ハル会談の流れにない案が突然出てきたのは、この理由からである。

ホワイトは戦後も要職にあったが、その後スパイ容疑が出て自殺した。ハル・ノートは、ソ連の指導者スターリンの意向を受けて日本を対米戦争に追い込むための条件が書かれた文章と理解してよいであろう。ルーズベルトの周囲には当時、数百人のコミンテルン協力者がいたと言われるが、これもその一例と言える。

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人間関係でも同じことだが、たとえ相手に非があろうとも、あまり追い詰めるのはよくない。追い詰められれば、どんな大人しい犬であろうとも、牙を剥き出して反撃してくるではないか。

アメリカはシナ大陸に利権を求めたいがために、日本をいじめ過ぎた。排日移民法を作り、のちには石油を止めることもやった。また真珠湾には大艦隊を終結させた。しかも、近代国家として日本が存在できないような経済封鎖を行った。

不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約 1,928年昭和3年)を提唱したアメリカの国務長官ケロッグもアメリカ議会における答弁の中で「侵略戦争とは国境を超えて攻め入るようなことだけではなく、重大な経済的脅威を与えることも侵略戦争と見なされる」という趣旨のことを言っている。

このケロッグの定義によれば、石油禁輸などは、日本に対する侵略戦争の開始と言える。これは息が止まる寸前まで首を絞め、かつ、ナイフをちらつかせて脅したのとまったく同じことではないか。日本がナイフを持ち出したことも無理からぬ処があった。

5. マッカーサーも認めた「自衛戦争」

このポイントを忘れては、戦前の日本が、何故あのような無謀とも見える戦争に突入したのかは、絶対に理解出来ない。戦争は独りで起こせるものではないのだ。

日本の指導者が愚劣で、闇雲に大戦を始めたというのは、東京裁判史観である。『東京裁判却下・未提出弁護側資料 全八巻』をみれば、日本の首脳が日米開戦を避けようと懸命の努力をしていたことに疑う余地はない。

また東京裁判における東條英機(元総理大臣・陸軍大将)被告の「宣誓口述書」を見ても、日本の行為は常に「受け身」であったことを詳述している。「相手がこうしたから、こう対応せざるを得なかった」というのが東條被告の主張であった。この主張は東京裁判では承認されず、彼は死刑になった。

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【出典】http://www12.plala.or.jp/ より

しかし、この二年後の1,951年(昭和26年)5月3日には、東京裁判をやらせた当人、つまり東京裁判の法源とも言える米マッカーサー元帥は、アメリカ上院の軍事外交合同員会という最も権威のある公式の場で次のような証言をしているのである。

「日本には蚕以外には固有の産物はほとんどない。綿がない、羊毛がない、石油がない、錫がない、ゴムがない。その他多くの原料が欠如しているのに、それら一切のものはアジアの海域には存在していた。もしこれらの原材料の供給を切られると1,000万から1,200万人の失業者が発生することを日本人は怖れていた。したがって、彼らが戦争に突入したのは、主として自衛のため止むを得なかったことだった

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【出典】http://ironna.jp/article/457

この見方は東條被告の宣誓口述書と完全に一致している。この前の戦争については「東條・マッカーサー史観」が敵味方ともに認める史観なのである。

【出典】「昭和大戦の道 日本の歴史6 昭和編」渡部昇一

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