古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)|日本が誇る世界遺産(文化遺産)

古都京都の文化財は、京都府京都市・宇治市、滋賀県大津市の2県3市に点在する国宝建造物があるか、庭園が特別名勝に指定されているものだけで構成された資産17件からなり、1,994年12月にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。古都京都の文化財の魅力・見どころについてまとめました。

【目次】
1. 賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ、上賀茂神社)
2. 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ、下鴨神社)
3. 教王護国寺(東寺)
4. 清水寺
5. 延暦寺

6. 醍醐寺
7. 仁和寺
8. 平等院
9. 宇治上神社
10. 高山寺

11. 西芳寺(苔寺)
12. 天龍寺
13. 鹿苑寺(金閣寺)
14. 慈照寺(銀閣寺)
15. 龍安寺

16. 本願寺(西本願寺)
17. 二条城

1. 賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ、上賀茂神社)(京都市北区) 

・上賀茂神社 二ノ鳥居【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・上賀茂神社 参拝所【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


【出典】photo AC


・上賀茂神社 楼門【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

古代山城の豪族賀茂氏の氏神を祀る神社で、京都でもっとも古い神社です。賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに平安時代以降「山城国一之宮」となりました。雷(いかづち)の御神威により、厄を祓いあらゆる災難を除き給う厄除(やくよけ)明神・落雷除・電気産業の守護神として広く信仰されています。

境内は緑あふれた広大な敷地で、一の鳥居から二の鳥居までは、競馬(くらべうま)などの五穀豊穣の神事が行われる開放的な芝生となっています。社殿は本殿など2棟が国宝、34棟が重要文化財、境内は史跡に指定されています。


・上賀茂神社 土舎【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・上賀茂神社 橋殿【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・上賀茂神社 庭園【出典】photo AC

所在地:〒603-8047 京都市北区上賀茂本山(市バス「上賀茂神社前」下車すぐ)
上賀茂神社HP

2. 賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ、下鴨神社)(京都市左京区)

・下鴨神社 桜門【出典】photo AC


・下鴨神社 舞殿


【出典】photo AC


・下鴨神社 参道と糺の森


・下鴨神社 紅葉【出典】photo AC

式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社で、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社です。京都は鴨川を中心に町づくりがなされており、鴨川の下流にまつられているお社というところから「下鴨さん」とか「下鴨神社」と親しく呼ばれています。本殿は、賀茂別雷神社の祖父神と母である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)、玉依媛命(たまよりひめのみこと)が祀られています。

楼門、舞殿、神服殿、四脚中門等31棟は、重要文化財に、また、文久3年(1,863年)に造り替えられた東西の両本殿はともに国宝に指定されています。また、境内は史跡に指定されており、糺の森は市街地に残る貴重な森として市民の憩いの場となっています。

所在地:〒606-0807 京都市左京区下鴨泉川町
下鴨神社HP 

3. 教王護国寺(東寺)(京都市南区)


【出典】photo AC


・東寺 金堂【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・東寺 講堂【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

東寺は正しくは教王護国寺といい、平安建都の際、都の南玄関、羅城門の東に建てられました。後に空海が賜り、密教の根本道場とし、東寺真言宗全体の総本山となっています。


・東寺 五重塔【出典】photo AC

五重塔(国宝)は、京都駅前のビルの林立する中で木造建築の美を際立たせてそびえたっています。 高さ約55メートルの日本最高の塔で、寛永21年(1,644年)に、徳川家光によって再建奉納されたものです。講堂(重要文化財)にあるわが国現存最古の密教彫刻の一群や金堂(国宝)、大師堂(国宝)、蓮花門(国宝)など見所も多く、境内は史跡に指定されています。

所在地:〒601-8473 京都市南区九条町(市バス「東寺東門前」下車すぐ 又は近鉄京都線「東寺駅」下車徒歩10分)
東寺HP

4. 清水寺(京都市東山区)

・清水寺の本堂と三重塔【出典】パブリックドメインQ:著作権フリー画像素材集

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


【出典】京都フリー写真素材集


【出典】2000ピクセル以上フリー写真素材集

奈良末期778年に延鎮上人が開山し、平安建都間もない延暦17年(798年)坂上田村麻呂が仏殿を建立したと伝えられています。現在の建物の多くは、寛永8年から10年(1,631年から1,633年)、徳川家光の寄進によって再建されたものです。

京都で最も参拝客が多い寺院のひとつで、清水の観音として平安時代以来多くの人々に親しまれ参拝されています。参道を上りつめると、東山の音羽山を背に仁王門、西門、三重塔(いずれも重要文化財)が迎えてくれます。

春の桜と新緑、秋の紅葉と四季折々の美しさを背景にした懸崖造りの本堂(国宝)は「清水の舞台」として知られ、断崖の上にせりだし、市街地の眺望も最高です。あわせて15の堂塔(いずれも重要文化財)が建ち並んでいます。

所在地:〒605-0862 京都市東山区清水(きよみず)(市バス「清水寺」「五条坂」下車徒歩15分)
音羽山 清水寺HP

5. 延暦寺(滋賀県大津市坂本本町・京都市左京区)

【出典】photo AC


・延暦寺東塔と阿弥陀堂【出典】photo AC


・延暦寺 根本中堂【出典】街画ガイド


・延暦寺 西塔転法輪堂【出典】photo AC


・延暦寺 釈迦堂【出典】写真ギャラリー|天台宗総本山比叡山延暦寺


・延暦寺 根本如法塔【出典】写真ギャラリー|天台宗総本山比叡山延暦寺
比叡山に広大な寺域を持つ、天台宗の総本山です。奈良時代末期、19歳の最澄(767-822)が、比叡山に登り草庵を結んだのが始まりです。

最澄が中国に留学して天台宗を開立してからは、弘法大師の開いた高野山金剛峰寺)とともに、約1,200年もの間、日本の宗教界最高の地位に君臨し、日本仏教の核心を育んできました。天台密教の拠点として、平安時代以後、源信、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮、一遍など多くの高僧たちを輩出し、今もなお修行道場として厳粛な雰囲気に満ちています。

僧兵の拠点としても有名ですが、戦国時代には織田信長による焼き討ちに遭いましたが、豊臣秀吉・徳川家康の手によって復興されました。史跡に指定されている境内は広大で、根本中堂(国宝)、大講堂(重要文化財)の他、美術工芸品を含めて10にのぼる国宝、50以上の重要文化財があります。


・延暦寺 浄土院【出典】写真ギャラリー|天台宗総本山比叡山延暦寺


・延暦寺 にない堂【出典】写真ギャラリー|天台宗総本山比叡山延暦寺


・延暦寺 横川中堂【出典】写真ギャラリー|天台宗総本山比叡山延暦寺


・延暦寺 恵心院【出典】写真ギャラリー|天台宗総本山比叡山延暦寺

所在地:〒520-0116 滋賀県大津市坂本本町・京都市左京区(京阪バス「延暦寺」下車すぐ  又は 京都市街より車にて約40分)
天台宗総本山 比叡山延暦寺HP

6. 醍醐寺(京都市伏見区)

・醍醐寺五大堂【出典】京都フリー写真素材集


・醍醐寺清滝宮拝殿(国宝)【出典】京都フリー写真素材集


・醍醐寺如意輪堂と白山権現【出典】京都フリー写真素材集


・醍醐寺薬師堂(国宝)【出典】京都フリー写真素材集

醍醐寺は、空海の孫弟子理源大師聖宝が貞観16年(874)に上醍醐山上で地主横尾明神の示現により、醍醐水の霊泉を得、小堂宇を建立して、准胝、如意輪の両観音像を安置したのに始まります。現存する堂宇のほとんどは桃山時代以降のものですが、どっしりと落ちついた五重塔(国宝)は天暦6年(952年)の建立で、府内最古の木造建築物です。

三宝院(庭園は特別史跡・特別名勝)には、桃山時代の豪華な襖絵で飾られた葵の間、秋草の間、勅使の間(重要文化財)に続き、表書院(国宝)があります。史跡に指定された境内は、下醍醐、上醍醐に分かれ、100余りの堂塔が散在しています。

醍醐寺は春の桜で有名で、4月第2日曜日には、豊臣秀吉が催した「醍醐の花見」にちなんだ「豊太閤花見行列」が華麗な桃山絵巻を繰り広げられます。


・醍醐寺門【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・醍醐寺五重塔【出典】photo AC


・醍醐寺金堂【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・醍醐寺桜【出典】京都の桜 フリー写真


・醍醐寺桜【出典】京都の桜 フリー写真


・醍醐寺紅葉【出典】京都フリー写真素材集

所在地:〒601-1325 京都市伏見区醍醐東大路町(市営地下鉄東西線「醍醐駅」下車徒歩20分 又は 京阪バス「醍醐寺」、「醍醐寺前」下車すぐ(上醍醐寺へは下車後徒歩約60分) )
醍醐寺HP

7. 仁和寺(京都市右京区)

・仁和寺仁王門【出典】京都の観光地フリー写真素材集


・仁和寺中門【出典】京都の観光地フリー写真素材集


・仁和寺中門【出典】京都の観光地フリー写真素材集


・仁和寺五重塔【出典】京都の観光地フリー写真素材集


・仁和寺御影堂【出典】京都の観光地フリー写真素材集


・仁和寺経蔵【出典】京都の観光地フリー写真素材集


・仁和寺【出典】京都の観光地フリー写真素材集

宇多天皇が仁和4年(888年)に創建して以来、皇室出身者が仁和寺の代々住職(門跡)を務め、皇室と繋がりが深く、「御室御所」と呼ばれ、平安?鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保ちました。 応仁元年(1,467年)に始まった応仁の乱で、仁和寺は一山のほとんどを兵火で焼失しましたが、江戸時代の正保3年(1,646年)に伽藍の再建が完了します。

朱塗りの中門(重要文化財)をくぐると、御所の紫宸殿を移築した金堂(国宝)の他、五重塔(重要文化財)や観音堂(重要文化財)等が見えてきます。門跡寺院として格式が高く、また、「徒然草」「方丈記」など古典にも数多く登場します。境内(史跡)の背丈の低い桜は「御室桜」(名勝)として有名です。


・仁和寺観音堂【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・仁和寺金堂【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・仁和寺宸殿【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・仁和寺紅葉【出典】京都の無料写真素材

所在地:〒616-8092 京都市右京区御室大内(市バス「御室仁和寺」下車すぐ 又は 京福北野線「御室駅」下車徒歩5分)
仁和寺HP

8. 平等院(宇治市)

・平等院【出典】京都の無料写真素材


・平等院【出典】京都の無料写真素材


・平等院紅葉【出典】京都の無料写真素材


・平等院浄土院【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

風光明媚な宇治で、藤原一族の栄華を今に伝える平等院は、宇治川の西岸にあった源重信の別荘をその夫人から藤原道長が譲り受け、その子頼通が永承7年(1,052年)、寺に改めたものです。鳳凰を屋上に戴く鳳凰堂(国宝)には仏師・定朝作の阿弥陀如来像が安置され、周りには52体の雲中供養菩薩像が音楽を奏しています。

壁扉画、日本三名鐘の一つといわれる梵鐘とともに国宝です。浄土空間を現出させたという庭園は、史跡及び名勝に指定されており、近年発掘調査に基づく整備が行われました。平成13年には、博物館として鳳翔館が開館。

所在地:〒611-0021 京都府宇治市宇治蓮華(JR奈良線「宇治駅」下車徒歩10分 又は 京阪電車宇治線「宇治駅」下車徒歩10分)
平等院HP

9. 宇治上神社(宇治市)

【出典】京都の無料写真素材


・宇治上神社拝殿【出典】京都の無料写真素材


・宇治上神社本殿【出典】京都の無料写真素材

平等院から宇治川に添って歩いていくと、朝日山の山裾には、日本最古の本殿である宇治上神社が見えてきます。菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、応神天皇、仁徳天皇を祀られており、平等院の鎮守社として長く崇拝をされてきました。

拝殿(国宝)は、鎌倉時代前期に伐採された桧が使用されており、鎌倉時代の優れた建物遺構です。本殿(国宝)は平安時代後期に伐採された木材が使われて、一間社流造りの三殿からなっており、左右の社殿が大きく中央の社殿が小さい。


・宇治上神社桐原水【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・宇治上神社桜【出典】京都の桜 フリー写真


・宇治上神社紅葉【出典】京都の無料写真素材

所在地:〒611-0021 京都府宇治市宇治山田(JR奈良線「宇治駅」下車徒歩20分 又は 京阪電車宇治線「宇治駅」下車徒歩10分)

10. 高山寺(京都市右京区)


・高山寺開山堂


・高山寺金堂


・高山寺遺香庵

13世紀初めに明恵上人が再建した寺院。栂尾山(とがおやま)にあり、後鳥羽上皇から「日出先照高山之寺」の勅願を得たことで知られています。楓の古木が茂り、森閑とした境内は国の史跡に指定されており、紅葉の名所であり、また、日本ではじめて茶が作られた場所としても知られています。

栄西禅師が宋から持ち帰った茶の実を明恵に伝え、山内で植え育てたところ、修行の妨げとなる眠りを覚ます効果があるので衆僧にすすめたという。石水院(国宝)は、明恵上人の住居跡と伝えられており、こけら葺の簡素なたたずまいで、鎌倉時代初期の寝殿造りをしのばせる貴重な遺構です。国宝鳥獣人物戯画、明恵上人像など数多くの貴重な美術工芸品を所有する文化財の宝庫でもあります。


・高山寺石水院(国宝)【出典】京都の無料写真素材


・高山寺石水院から見る青もみじ【出典】京都の無料写真素材


・高山寺紅葉【出典】京都の無料写真素材

所在地:〒616-8295 京都市右京区梅ヶ畑栂尾町(とがのおちょう)(JRバス「栂ノ尾(とがのお)」下車徒歩5分)
栂尾山 高山寺HP

11. 西芳寺(苔寺)(京都市西京区)

【出典】photo AC


【出典】photo AC


【出典】photo AC


【出典】photo AC

西芳寺は、京都市西京区松尾にある臨済宗の寺院。天龍寺の境外塔頭です。奈良時代、行基の開創と伝えられる古刹で、暦応2年(1339年)に造園にすぐれた夢窓国師が復興しました。

境内は約120種の緑苔で覆われ、幻想的な静寂の世界が展開し、緑の絨毯を敷きつめたような美しさから苔寺とも呼ばれています。庭園(史跡・特別名勝)は上下二段構えで、上の枯山水と、下は池泉回遊式で黄金池は「心」の字を描いています。庭園内の茶室・湘南亭は、重要文化財に指定されています。

●拝観は予約制
以前は、誰でも自由に拝観することができたようですが、多くの人が拝観に訪れたために、近隣住民からの苦情をうけて、昭和52年に、事前申し込み、有料拝観となったそうです。

その予約方法は、往復はがきに、代表者の住所、氏名、電話番号、拝観人数、拝観希望日を記入して「西芳寺参拝係」宛で送ります。すると「拝観証」と書かれたはがきが帰ってきます。当日、その拝観証を持って、西芳寺へ伺う、という流れです。

拝観希望日の7日前迄に必着、とのことなので、余裕をもって送る事をおすすめします。拝観希望日が多くの人々と重なると抽選になるようです。


【出典】photo AC


【出典】photo AC

所在地:〒615-8286 京都市西京区松尾神ヶ谷町(じんがたにちょう)(京都バス「苔寺」下車すぐ)
西芳寺HP

12. 天龍寺(京都市右京区)

【出典】mandegan


【出典】mandegan


【出典】mandegan


【出典】mandegan


・天龍寺庭園【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

臨済宗天龍寺派大本山。後嵯峨天皇の亀山離宮があったところに、暦応2年(1,339年)、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓国師を開山として創建した禅寺です。

名勝嵐山や渡月橋、天龍寺の西側に広がる亀山公園などもかつては境内地でした。京都五山の一位として栄えた名刹で、方丈裏の庭園(史跡・特別名勝)は往時の面影を今に伝えています。嵐山、亀山を背景とした池泉回遊式庭園で、貴族文化の伝統と禅好みの手法が溶け合い、四季折々の美しさを見せてくれます。


・天龍寺庭園【出典】京都の無料写真素材


・天龍寺紅葉【出典】京都の無料写真素材


・天龍寺紅葉【出典】京都の無料写真素材

所在地:〒616-8385 京都市右京区嵯峨天龍寺(京福嵐山線「嵐山駅」下車すぐ  又は 市バス「京福嵐山駅前」下車すぐ)
天龍寺HP

13. 鹿苑寺(金閣寺)(京都市北区)

【出典】京都の無料写真素材


【出典】京都の無料写真素材

正式名称を鹿苑寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つです。舎利殿「金閣」が特に有名なため一般的に金閣寺と呼ばれています。

元は鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から二字をとって鹿苑寺と名づけられました。

金閣は舎利殿として建てられたものです。鏡湖池に臨む三層の楼閣は二層・三層に金箔をはった室町期楼閣建築の代表例で、庭園は特別史跡・特別名勝に指定されています。金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われ、有名な一休禅師の父である後小松天皇を招いたり、中国との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した舞台で、この時代の文化を特に北山文化といいます。

三島由紀夫や水上勉の小説で知られるように、現在の金閣は昭和25年(1,950年)火災で焼失したものを昭和30年(1,955年)再建されたものです。


【出典】京都の無料写真素材


【出典】京都の無料写真素材


【出典】京都の無料写真素材

所在地:〒603-8361 京都市北区金閣寺町1(市バス「金閣寺前」下車すぐ)
金閣寺HP

14. 慈照寺(銀閣寺)(京都市左京区)

【出典】京都の無料写真素材


【出典】京都の無料写真素材


・銀閣寺東求堂(国宝)【出典】京都の無料写真素材

東山文化の代表として知られる銀閣寺の正式名称は東山慈照寺と言い、相国寺の塔頭寺院の一つです。銀閣寺の名の由来は江戸時代、金閣寺に対し、銀閣寺と称せられることとなったと言われています。

室町幕府八代将軍の足利義政によって文明14年(1,482年)に開かれた山荘東山殿で、義政は、東山文化の真髄たる簡素枯淡の美を映す一大山荘を作り上げました。義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。

銀閣(国宝)は、観音殿として質素高貴な意匠であり、東求堂は日本最古の書院造りで、住宅建築遺構として国宝に指定されています。庭園(特別史跡・特別名勝)は、白砂を段形に盛り上げた銀沙灘(中国の西湖の型)や、向月台が、月の光を反射して銀閣を照らすと言われています。


・銀閣寺庭園【出典】街画ガイド


・銀閣寺庭園【出典】街画ガイド

所在地:〒606-8402 京都市左京区銀閣寺町(市バス「銀閣寺前」下車徒歩5分 又は 市バス「銀閣寺道」下車徒歩10分)
銀閣寺HP

15. 龍安寺(京都市右京区)

【出典】いい色輝き


【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

室町幕府の有力者であった細川勝元が1450年細川勝元が宝徳2年(1,450年)に徳大寺家の別荘を譲り受けて建立した寺です。

方丈南側の枯山水庭園(史跡・特別名勝)が石庭として名高く世界的に知られていますが、ここまで有名になったのは1975年にエリザベス2世が龍安寺を公式訪問した際に石庭を称賛したのがきっかけです。この庭は、二方を油土塀で囲まれ、東西30メートル、南北10メートル余りの長方形の白砂の庭に15個の石を5・2・3・2・3に配置されていますが、石の配置から「虎の子渡しの庭」や「七五三の庭」の別称があります。

●「虎の子渡し」とは、虎は、3匹の子供がいると、そのうち1匹は必ずどう猛で、子虎だけで放っておくと、そのどう猛な子虎が他の子虎を食ってしまうという。そこで、母虎が3匹の虎を連れて大河を渡る時は次のようにする。母虎はまず、どう猛な子虎を先に向こう岸に渡してから、いったん引き返す。

次に、残った2匹のうち1匹を連れて向こう岸に行くと、今度は、どう猛な子虎だけを連れて、ふたたび元の岸に戻る。その次に、3匹目の子虎を連れて向こう岸へ渡る。この時点で元の岸にはどう猛な子虎1匹だけが残っているので、母虎は最後にこれを連れて向こう岸へ渡る、という中国の説話(虎、彪を引いて水を渡る)に基づくものです。

●「七五三の庭」とは、東から5、2、3、2、3の5群で構成される石組を、5と2で七石、3と2で五石、そして3で三石と、七・五・三の3群とも見られることによります。古来より奇数は陽数、すなわちおめでたい数とされ、その真ん中の数字をとったものです。

また、この石庭は、どの位置から眺めても必ずどこかの1つの石が見えないように配置されていることでも有名です。


【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・龍安寺つくばい【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

所在地:〒616-8001 京都市右京区龍安寺御陵下町(市バス「龍安寺前」下車すぐ)
龍安寺HP 

16. 本願寺(西本願寺)(京都市下京区) 

【出典】アゼスタ 日本国内 観光地画像ブログ|フリー素材写真


・本願寺阿弥陀堂門【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・本願寺阿弥陀堂(国宝)【出典】京都の無料写真素材


・本願寺御影堂(国宝)【出典】京都の無料写真素材


・本願寺唐門(国宝)【出典】京都の無料写真素材

本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山で、その所在(京都市下京区堀川通花屋町下ル)する位置から、西本願寺とも呼ばれています。親鸞聖人の没後、娘の覚信尼が現在の知恩院付近に廟を建てて御影堂としたのが起こりとされ、現在の場所に移ったのは、天正19年(1,591年)です。

境内(史跡)に一歩入っただけで御影堂(大師堂)、阿弥陀堂(本堂)(ともに重要文化財)の威容に圧倒されますが、鳩が遊ぶ広々とした境内は市民の憩いの場でもあります。能舞台として日本最古の北能舞台、唐門、書院、黒書院、飛雲閣(いずれも国宝)の建造物は、華麗な桃山文化の粋を伝えており、 大書院庭園は特別名勝・史跡、滴翠園は名勝に指定されています。


・本願寺鐘楼【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・本願寺龍虎殿【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・本願寺飛雲閣【出典】みんカラ

所在地:〒600-8358 京都市下京区堀川通り花屋町下ル(JR「京都駅」徒歩15分 又は 市バス「西本願寺前」下車すぐ)
本願寺HP

17. 二条城(京都市中京区)

・二条城二の丸御殿


【出典】京都の無料写真素材


・天守閣跡からの眺め【出典】京都の無料写真素材


【出典】Photos


・二条城唐門【出典】京都の開運写真館 印鑑ダルマ屋

徳川幕府における京都の拠点となった二条城は、徳川家康が慶長8年(1,603年)に京の宿館として建設した平城です。家康と豊臣秀頼との会見場所となったほか、城内で大坂冬の陣・夏の陣の軍議を開き、当城より出陣しました。慶応2年(1,866年)城内において慶喜が15代目の将軍職を継ぎ、翌慶応3年(1,867年)には15代将軍慶喜がここで大政奉還を行いました。

旧桂宮御殿を移した本丸(重要文化財)と豪壮な二之丸御殿(国宝)からなり、二之丸御殿の絢爛豪華な建築と障壁画は目を見張ります。城内は史跡、二之丸庭園は特別名勝に指定されています。


・二条城和楽庵【出典】京都の開運写真館 印鑑ダルマ屋


・二条城本丸御殿御常御殿【出典】京都の開運写真館 印鑑ダルマ屋


・二条城二の丸御殿【出典】京都の開運写真館 印鑑ダルマ屋


・二条城蓬莱島【出典】京都の開運写真館 印鑑ダルマ屋


【出典】京都の無料写真素材


【出典】京都の開運写真館 印鑑ダルマ屋

所在地:〒604-8301 京都市中京区二条通堀川西入ル二条城町(市バス「二条城前」下車すぐ 又は 市営地下鉄東西線「二条城前」駅すぐ)
二条城HP

【参考】世界遺産(世界文化遺産) 古都京都の文化財 

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    魚はオメガ3脂肪酸(EPAやDHA)の宝庫だが、高タンパク・高コレステロール食品であり、食物繊維は魚…
  4. 2016-11-21

    肝臓と腎臓の疲れが病の元

    浄化槽である肝臓が処理し切れないと、その歪みを腎臓が負うことになり、それすら満足に働かないと、血液の…
  5. 2016-11-19

    血液の浄化になくてはならない腎臓

    腎臓の働きは、1. 体の水分量や電解質の体液組成を一定となるように調節する。2. レニンというホルモ…
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