姫路城|日本が誇る世界遺産(文化遺産)

姫路城は、姫路の城下町を見下ろす230ha(70万7千坪)の広大な敷地の中に建っており、その壮大な天守閣は「大天守」と三つの「小天守」がつながった珍しい連立式天守閣になっています。大天守の高さは約31.5メートル、6階建てのビルの高さにも匹敵します。天守が国宝指定されており(国宝に指定されてる天守は、彦根城、犬山城、松本城、松江城の五城のみ)、日本百名城にも指定されている日本を代表する城です。

天を舞う白鷺のように見える姫路城は別名白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)とも言われれ、 建築技術の粋を極めた傑作として、1,993年12月法隆寺とともに日本で初の世界遺産(文化遺産)に指定されました。

姫路城を最初に築城したのは、赤松 貞範だと言われています。鎌倉時代から南北朝時代にかけて室町幕府を興す為に尽力した武将です。1,346年に築城されたと言われていますが、今の様な立派な天守を持つお城ではなく、砦に近いものだったと言われています。その後、黒田官兵衛により大規模な改築が行われます。

黒田官兵衛の後に、城主となったのが豊臣秀吉(城主当時はまだ羽柴 秀吉)です。そして、その次が秀吉の弟、羽柴秀長が城主を努めています。 現在の姫路城は、徳川家康の次女督姫を妻とする池田輝政により建てられたもので、関ヶ原の戦いの翌年にあたる慶長6年(1,601年)から8年の歳月が費やされました。それまで羽柴秀吉がその20年前に建てた三層の姫路城が建っていましたがこの城を取り壊し、5層7階の天守となりました。


【出典】photo AC

歴史上の名将が姫路城の城主であったということから、姫路城が戦略上非常に重要な拠点であったことが窺い知れます。また、それだけ戦略上非常に重要な拠点であったにも拘わらず、400年以上の歴史の中で、一度も戦火の被害を受けていないという事も大きな特徴で、その為、「不戦の城」という別名もあります。

姫路城には数々の物語が残っており、歴史に翻弄され数奇な運命を辿った徳川家康の孫娘である千姫の物語や、宮本武蔵の妖怪退治、播州皿屋敷お菊井戸など建築以外にも多くの物語の舞台として魅力あふれるお城です。

【目次】
■姫路城の名称の由来と別名
■姫路城の見どころ
■姫路城にまつわる逸話

■姫路城の名称の由来と別名

●白鷺城

【出典】photo AC

橋本政次『姫路城の話』では、別名「白鷺城(はくろじょう、しらさぎじょう)」の由来として、推論も含め、以下の4説が挙げられています。

・姫路城が「鷺山」に置かれているところから。
・白漆喰で塗られた城壁の美しさから。
・ゴイサギなど白鷺と総称される鳥が多く住んでいたから。
・黒い壁から「烏城(うじょう)」とも呼ばれる岡山城との対比から。

●出世城
羽柴秀吉が居城し、その後の出世の拠点となったことから「出世城」と呼ばれます。

●不戦の城
幕末に新政府軍に包囲されたり、第二次世界大戦で焼夷弾が天守に直撃したりしているものの、築城されてから一度も大規模な戦火にさらされることや甚大な被害を被ることがなかったことから。

■姫路城の見どころ


【完全解説③姫路城の天守内部全部見せます】


【完全解説①姫路城の超防御システム】


【完全解説②姫路城の超防御システム】

●姫路城見学ルート

【出典】姫路城公式ホームページ(姫路城大図鑑)

姫路城には、大天守へ直行するルートのほか、千姫ゆかりの西の丸・化粧櫓を巡る西の丸ルート、伝説の「お菊井戸」を巡るお菊井戸ルートなどの小ルートがあります。

●事前に準備、スマホが解説「姫路城大発見アプリ」

タブレットやスマートフォンを持っている人にお薦めなのが「姫路城大発見アプリ」です。ARポイントと呼ばれるスポットが15カ所あり、CG動画での詳しい解説が見ることができます。手持ちのスマートフォン、タブレットPCからGoogle PlayまたはAppStoreにアクセスし、アプリケーションソフトをダウンロードして利用することが出来ます。(無料)

使用法はこちらから

●四季折々の姫路城

☆春【出典】日本気象協会


☆夏【出典】姫路市


☆秋【出典】姫路市


☆冬【出典】姫路市

広さ230ha(70万7千坪)にも及ぶ広大な敷地の中に佇む姫路城は、豊かな自然に囲まれ、四季折々に様々な表情を見せてくれます。春はソメイヨシノ、シダレザクラなど約1,000本もの桜が咲き誇り、姫路城の天守閣や白壁に映える景色は、「日本の桜の名所 100選」にもなっています。夏は青々とした新緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、オールシーズン味わい深い景色を楽しむことができます。

●城内で最も大きな門「菱の門」

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

姫路城二の丸の入口を固めた櫓門で、「菱の門」の名称は、鏡柱上部の冠木に木製の花菱が飾られていることに由来します。菱の門は東側のみが石垣に支持され、西側は地盤面に載るという、他のお城ではあまり見られない変則的な配置になっています。お城の門は、敵に攻め込まれないようにするために大変重要なもので、そのような工夫を随所に見ることができます。

●千姫ゆかりのスポット西の丸

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

千姫ゆかりのスポットである西の丸は、姫路城の中で人気のスポットの一つです。姫路城の西の丸には「千姫化粧櫓」と「西の丸長局(百間廊下)」があります。千姫化粧櫓は、徳川秀忠と江(崇源院)の長女として生まれた千姫のためにつくられたものです。

千姫がこの櫓を休息所としたので、この櫓を化粧の間、または化粧櫓と呼んでいました。千姫のいる化粧櫓までは長い廊下でつながれていました。千姫に仕えた侍女たちが居た場所を西の丸長局(百間廊下)と呼んでおり、廊下の長さは240mにもなります。千姫は毎朝この廊下から男山を拝んでいたと伝えられています。(男山には本多家の繁栄を願って男山の中腹に建立した男山千姫天満宮があります)

●「はの門下坂」

「はの門下坂」は時代劇のロケによく使われるお馴染みスポットです。「はの門下坂」はテレビドラマ「暴れん坊将軍」のエンディングで使われたことから、誰言うとなくこの坂のことを「将軍坂」と呼ぶようになりました。

●姫路城大天守内部


【出典】姫路城とその周辺の鯱を見てみよう!


・大天守最上階【出典】たるるの部屋(・ω・)

五層の大天守は、実は地下一階、地上六階建てです。四層目の屋根部分に五階が隠されており、最上階に神社があります。天守閣の内部は、展示物を控えており、400年前から残る木造建築を存分に見ることが出来ます。空間は、2本の心柱に支えられています。通常は武器庫として使われていましたが、いざ籠城となった時のために、炊事用の流し台やトイレが完備されていました。

■姫路城にまつわる逸話

姫路城には、宮本武蔵による妖怪胎児の武勇伝や播州皿屋敷のお菊にまつわる怪談話、お夏と清十郎の悲恋談など多くの逸話が伝えられています。それらの逸話が「あっ、その話知ってる~!姫路城に残る有名な物語 日本で有名な怪談話や、恋愛、武勇、姫路城に関わるいろんなお話|TABIAN」に非常に上手くまとめられていたので、引用しご紹介したいと思います。

【目次】
●宮本武蔵と妖怪退治
●播州皿屋敷お菊井戸
●城の傾きと棟梁の死
●松門左衛門・井原西鶴と「お夏・清十郎」
●千姫物語

●宮本武蔵と妖怪退治

【出典】KOBECCO

姫路城城主が木下家定であった頃、宮本武蔵は名前を隠し姫路で足軽奉公をしていました。その頃、城内では天守に妖怪がでるという噂が広まっており、城の見張り番の者たちもおそれをなしてまともに出番を勤めることができない状態が続いていました。しかしただ一人武蔵だけが平気で夜の番をしており、それを聞いた家老が、その足軽は高名な武芸者宮本武蔵であろうと名を隠していた武蔵を見破り、武蔵に妖怪退治を命じました。

ある夜のこと、武蔵は手に灯り一つを持って不気味な暗闇の天守閣に登っていきました。武蔵が三階の階段にさしかかった時、突然あたりを激しい炎が包み、地響きと轟音が起こり、武蔵に襲いかかろうとします。すぐさま武蔵は妖怪に斬りかかろうと腰の太刀に手を掛けます。すると異変はピタリと止まり、あたりはまた何もない暗闇に戻りました。何事もない3階から武蔵が4階にあがるとまた同じような炎と轟音の地響きが起こります。しかし、武蔵が腰の太刀に手を回すと、またあたりが静けさを取り戻したのでした。

そのまま天守閣まで登った武蔵は、妖怪が現れるのを待とうと明け方まで座り続けます。やがて、眠気に誘われうつらうつらし始めた頃どこからともなく武蔵を呼ぶ声が聞こえてきます。目を開けると武蔵の前に美しい姫が現れ武蔵に語りかけました。わたしは姫路城の守り神、刑部明神です。今夜あなたがここに来てくれたおかげで、城に住む妖怪は恐れをなして逃げていきました。褒美としてこの剣を与えましょう」武蔵の前には、白木の箱に入った郷義弘(ごうのよしひろ)の名刀が残されていました。

●播州皿屋敷お菊井戸

【出典】ニホンタビ


【出典】ニホンタビ

姫路城の上山里(かみのやまさと)とよばれる広場に、お菊井戸と呼ばれる古い井戸があります。この井戸は、播州皿屋敷で知られるお菊さんゆかりの井戸でよく知られた怪談話が残されています。

約450年前の室町時代中期、姫路城執権の青山鉄山は、城を乗っ取ろうと、城主を増位山の花見の宴で毒殺しようと企てていました。それを察した城主の忠臣、衣笠元信は、愛人であるお菊を鉄山の屋敷に奉公させて企みを探らせ、鉄山の息子小五郎から父の陰謀を聞き出しました。この知らせを聞いて元信は、花見の宴で城主を毒殺しようとする鉄山の陰謀を阻止することができました。

その後もお菊は、鉄山の屋敷で動向を探り続けていましたが、鉄山の同士町坪弾四朗(ちょうのつぼだんしろう)に気づかれてしまいます。ところが、以前からお菊に好意を持っていた弾四朗は「黙っている代わりに自分のものになれ」とお菊に言い寄りました。しかし、お菊はその条件を聞き入れず、弾四朗に折檻されます。それでも強情に言うことをきかないお菊を憎らしく思うようになった弾四朗は、ある日、お菊が預かる家宝の十枚の皿うち一枚を隠してその罪をお菊に負わせ、ついにお菊を切り殺し庭の井戸に投げ込みました。

それからというもの夜ごと井戸の底から悲しげな女のか細い声で「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚……」と皿を数える声が聞こえるようになりました。そのお菊が投げ込まれた井戸がお菊井戸だと言われています。

●城の傾きと棟梁の死

【出典】好奇心いっぱいこころ旅

現在の姫路城は1601年から9年がかりで建てられました。その9年間の築城を指揮したのが棟梁の桜井源兵衛でした。源兵衛は寝る間も惜しみ毎日仕事に打ち込み、築城を9年という短い期間でやり遂げる偉業をなしとげました。晴れて完成した姫路城を眺めた源兵衛は達成感と満足感に包まれていたことでしょう。

しかし、源兵衛にはひとつだけ気にかかることがありました。城が少し傾いて見えたのです。後日、源兵衛は妻を連れて城を案内しました。美しい外観とは裏腹に戦にそなえ要塞としての役割も果たす城は、妻にとってはまるで迷路のようにいつまでたっても天守につかないように思いました。

いくつもの門をくぐりやっと天守の下まで来たとき、大天守を見上げた妻は源兵衛に言いました。

「とてもすばらしいお城です。ですが、お城がすこし傾いて見えるのですが・・・」

その言葉を聞き、源兵衛は打ちひしがれた気になりました。–素人の目にも傾きがわかるようでは、自分の設計に誤りがあったに違いない。–そう思った源兵衛はノミを口にくわえ、天守閣の最上階から飛び降りたと言われています。

実際、姫路城は巽(たつみ)(東南)の方向に傾いていました。しかし、これは姫路城を支える心柱の礎石の地盤が沈下していたためで、源兵衛の設計に誤りがあったわけではありませんでした。

「東に傾く姫路の城 花のお江戸が恋しいか」姫路城の傾きを伝える俗謡が残っています。一説によると、要塞でもある城の弱点をも知り尽くした大工を城の完成を待って殺したという考え方もあるようです。

●松門左衛門・井原西鶴と「お夏・清十郎」

【出典】jalan


【出典】なごみの花屋さん

井原西鶴の小説「好色五人女」の中の「姿姫路清十郎物語」や近松門左衛門の戯曲「五十年忌歌念仏」で使われた「お夏と清十郎」の物語が姫路には伝えられています。

1,625年、姫路の米問屋「但馬屋」に奉公していた室津の造り酒屋の息子清十郎が、米問屋の主人に刀を振り重傷を負わせる事件が起きました。身分の違う者同士が結ばれない時代に米問屋の娘お夏と恋仲になったことが原因でした。この騒動を知った当時の姫路城城主榊原忠次は、同じような事件が二度と起きないようにと清十郎を打ち首の刑に処しました。

しかし、その処分をきっかけに清十郎を忘れきれないお夏は「清十郎さま殺さば、お夏も殺せ」と半狂乱で叫び、髪を振り乱して裸足で城下を歩き回るようになりました。という悲しい物語です。現在、姫路城の北の「野里の慶雲寺」には、この世で結ばれなかった二人があの世で結ばれるようにと二つの小さなお墓が建てられています。毎年、8月9、10日には二人を供養する「お夏清十郎供養まつり」が行われています。

●城を守った中村大佐

・「菱の門」の近くに中村大佐の碑があります

江戸幕府が倒れ新政府が発足すると、それまでとは異なり城は無用の長物になっていきました。明治7年陸軍歩兵十連帯の設置に伴い、姫路城の櫓や門などが取り壊され、天守も取り壊されかけました。しかし、解体のための費用も莫大にかかることから、姫路城は競売にかけられることになります。落札者は姫路市米田町の神戸清一郎氏で落札価格は23円50銭でした。神戸氏は城の瓦や釘を再使用するつもりでしたが、やがてうまく使えないことがわかり、結局その権利を放棄してしまうことになります。

そんなころ姫路城のすばらしさを後生に残すべきだと立ち上がったのが、当時陸軍省第四局長代理だった中村重遠大佐でした。中村大佐は、陸軍卿(陸軍大臣)の山県有朋に陸軍省の費用で姫路城を永久保存するための修理をすべきだと意見書を出しました。この意見書のおかげで1879年(明治12)に姫路城の保存が決定しました。この中村大佐の働きをたたえ、「菱の門」の近くに中村大佐の碑が建てられています。

【引用】あっ、その話知ってる~!姫路城に残る有名な物語 日本で有名な怪談話や、恋愛、武勇、姫路城に関わるいろんなお話|TABIAN 

●千姫物語

慶長2年(1,597年)4月11日、徳川秀忠と江の長女として、山城国伏見城内の徳川屋敷で産まれました。慶長8年(1,603年)に7歳で豊臣秀頼と結婚し、乳母の刑部卿局とともに大坂城に入ります。

慶長20年(1,615年)、千姫19歳の時に夏の陣で大阪城は落城、夫の秀頼と義母の淀君は自害します。千姫は祖父・徳川家康の命により落城する大坂城から救出されます。その後、豊臣秀頼と側室の間の娘・天秀尼が処刑されそうになった時に千姫は彼女を自らの養女にして命を助けました。

大阪城落城時、徳川家康が孫娘の千姫だけでも助けたいと思い、「千姫を無事救い出す者があれば、千姫を妻に取らせよう!」と家来に約束をしたと言われています。津和野藩主・坂崎直盛が燃える大阪城から千姫を救出し、家康のもとに送り届けますが、千姫は救出の際に顔に火傷を負った坂崎を拒絶してしまいます。そしてその後、江戸に送り届けられる途中で、桑名城主本多忠刻(ただとき)に一目惚れし、家康が千姫の気持ちを汲んで本多忠刻と結婚させたとされています。

元和2年(1,616年)、桑名藩主・本多忠政の嫡男・本多忠刻と結婚しました。この時、坂崎直盛が輿入れの行列を襲って千姫を強奪する計画を立てていることが発覚し、直盛は家臣により殺害され、それを直盛が自害したように見せかけましたが、坂崎家は改易処分となりました(千姫事件)

同年9月26日に桑名城に着きました。この時に10万石の化粧料を与えられたと言われています。翌年の元和3年(1,617年)、本多家が播磨姫路に移封になった時には8月28日に桑名を発って姫路城に移って播磨姫君と呼ばれるようになりました。

曾祖父・織田信秀と祖母・市(織田信長の妹)の聡明さと美貌を受け継いだ、美しい姫君であったという。2人目の夫・忠刻(母・熊姫は徳川家康と織田信長の孫で千姫の従姉である)も眉目秀麗であったといわれ、美男美女夫婦で仲睦まじかったそうです。祖父・家康や父・秀忠から可愛がられ、また、弟・家光とも姉弟仲は良好だったとのことです。歴代の幕府もその経歴から処遇に関しては細心の注意を払いました。

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