法隆寺地域の仏教建造物、日本の世界遺産(文化遺産)

法隆寺は飛鳥時代を伝える日本最古の木造建築で、聖徳太子が亡き父用明天皇のため建立を発願されました。聖徳太子は冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を図った他、仏教を取り入れ神道とともに厚く信仰し興隆につとめました。世界遺産(文化遺産)に登録された法隆寺地域の仏教建造物の魅力などをまとめてみました。

■法隆寺|飛鳥時代を伝える日本最古の木造建築


【出典】menamomi.net


【出典】飛鳥時代を伝える法隆寺世界最古の木造建築

法隆寺地域の仏教建造物は奈良県生駒郡斑鳩町にあります。法隆寺の敷地面積は約187,000㎡、東京ドーム14個分にも及び、広大な敷地の中に法隆寺の建造物47棟と法起寺の三重塔を加えた48伽藍が建ち並んでいます。法隆寺は、聖徳太子が亡き父用明天皇のため建立を発願され、推古15年(607年)頃完成しました。

聖徳太子は推古天皇のもと、蘇我馬子と協調して政治を行い、国際的緊張のなかで遣隋使を派遣するなど進んでいる中国の文化・制度を学び冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を図った他、仏教を取り入れ神道とともに厚く信仰し興隆につとめました。

7世紀から8世紀にかけて建造されものには、北魏や唐などの時代に中国で発展した建築様式が見られます。また、西院や五重塔の一部に建物の柱には、ギリシャのパルテノン神殿などで見られるエンタシスの技法が見られ、日本と中国、東アジアにおける密接な建築上の文化交流が伺え、1,993年12月にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

●金堂【国宝】

【出典】Railstation.net


・金堂釈迦三尊像


・金堂薬師如来像

法隆寺西院伽藍の中心となる施設が金堂です。御本尊の釈迦三尊像をはじめとして薬師如来像や阿弥陀三尊像、天蓋飛天、吉祥天、四天王がまつられた寺として最も重要な建物です。金堂は西院伽藍最古の建築であり、世界に現存する木造建築の中でも最古にあたる、由緒ある仏堂です。

金堂は再建された建物です。607年(推古15年)の創建当時の建物は、670年(天智9年)に火災で焼失し、再建は672年以降(天武天皇年代)と推定されていますが、法隆寺の中心となる建物だけに再建は早かったと言われています。全体の形はほぼ正方形に近く、二層の入母屋造りの上層の屋根は2方向に、下層の屋根は4方向へ勾配し、上層と下層をつなぐ支柱に巻き付けられた龍の彫り物も、荘厳な雰囲気を醸し出しています。

●五重塔【国宝】

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

古代インドで仏舎利(釈迦の遺骨)を祀るために造られ始めた塔を、仏塔と言います。法隆寺の五重塔は日本最古の仏塔であり、心柱の下にある心礎には仏舎利が納められています。創建は金堂などと同じく607年(推古15年)。天高くそそり立つ塔は美しく迫力たっぷりで、正に西院伽藍のシンボルとも言えます。

五重塔を構成する5つの楼閣を、下から地(基礎)、水(塔身)、火(笠)、風(請花)、空(宝珠)と言い、それぞれが5つの世界(五大思想)を示し、仏教的な宇宙観を表しています。

●中門【国宝】

【出典】Railstation.net


・金剛力士像阿形【出典】法隆寺観光ガイド、ビジネス旅館やまべ


・金剛力士像吽形【出典】法隆寺観光ガイド、ビジネス旅館やまべ

法隆寺全体の入り口となるのは南大門ですが、西院伽藍の本来の入り口は法隆寺の中門です。左右両側に松の緑を配した中門は、軒が大きく張り出し、正面が四間二戸と入り口が入り口が二つある形が特徴です。ギリシャから中国伝来のエンタシスの柱がこの中門にも使われています。法隆寺中門は、実は現在は入り口としては使われておらず、拝観者のための入り口は回廊の西南隅にあります。

●大講堂【国宝】

【出典】Railstation.net


・薬師三尊像【出典】美しい日本の仏像

法隆寺西院伽藍の中心に建つ金堂と五重塔。この2つの建物の間を北へ進むと、大講堂があります。僧侶たちの研鑽の場であり、修正会や仏性会などの、法隆寺伝統の行事が開かれます。

間口九間の大講堂は数ある法隆寺の建物の中でも最も大きい建物ですが、これは実際には再建されたものです。かつては金堂と五重塔により近い位置にありましたが、925年(延長3年)に落雷で焼失、それから65年後の990年(正暦元年)に新築されたのが、現在の大講堂です。

大講堂の内部には、日光、月光の脇侍を左右に従えた薬師三尊像が安置されています。

●大宝蔵院

【出典】HISTRIP MAGAGINE

法隆寺の寺域に並ぶ多数の建物のなかで最も新しくできたものが大宝蔵院で、1,998年(平成10年)に落成しました。境内の一番北寄りにあり、西と東の2つの宝蔵、そして北側の部分にある百済観音堂で構成されています。大宝蔵院はかつての大宝蔵殿に代わる施設で、観音菩薩像(夢観音)や地蔵菩薩像、百済観音像をはじめ厨子や百万塔、舞楽面などの工芸品を含む寺宝が多数展示されています。

●聖霊院・東室【国宝】

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun


・中央厨子に安置された聖徳太子坐像【出典】奈良の文化と芸術

聖霊院は、法隆寺を創建した聖徳太子を祀った伽藍で、法隆寺の中でも特別な場所です。1,284年(弘安7年)に建て替えられたと伝えられる神殿造りの建物の中には、黒漆で仕上げられた3つの厨子があります。真ん中には聖徳太子の尊像、左には太子の長男山背大兄王(やましろのおおえおう)や弟の殖栗王(えぐりおう)、右には太子の師である高句麗の僧、慧慈(えじ)法師や兄弟皇子の卒末呂(そまろ)王など高貴な人々の像が納められています。

平常、これらの厨子の扉は固く閉ざされていて、中を見ることできず、扉が開かれるのは、聖徳太子の御命日である3月22日からの3日間だけです。

●三経院・西室(にしむろ)【国宝】

【出典】Railstation.net

西院伽藍の西方に建つ桁行十九間の南北棟建物で、南七間を三経院、北十二間を西室としています。現在の建物は寛喜3年(1.231年)の再建されたもので、西室は文永5年(1,268年)に建立された可能性が高いと言われています。

東側の聖霊院・東室とともに古代に全寮制の学問寺だった頃の名残の僧坊で、多くの律僧たちがここで生活し起居していました。聖徳太子が法華経・勝鬘経(しょうまんぎょう)・維摩経の三つの経典を注釈された三経義疏(さんぎょうぎしょ、法華義疏、勝鬘経義疏、維摩経義疏)に由来する建物となっています。

●夢殿【国宝】

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

法隆寺の敷地面積は約187,000㎡、東京ドーム14個分にも及び、広大な敷地の中に多数の伽藍が並んでいます。法隆寺全体は西院伽藍・東院伽藍の2つの寺域からなりますが、東院の中心となっているのがこの夢殿(正しくは上宮王院夢殿)であり、古くから多くの人々を引きつけてきた太子信仰の聖地です。

601年(推古9年)に造営された聖徳太子の宮殿、斑鳩宮(いかるがのみや)が7世紀の中頃、戦乱の中で焼失。その後、法隆寺東院の復興に尽力した行信が739年(天平11年)創建した上宮王院(じょうぐうおういん)が、法隆寺に統合されて東院伽藍の中心的な存在となっています。

夢殿の名の由来は、かつて太子が法隆寺に参籠して瞑想にふけったときに黄金でできた人が現れる夢を見たという故事に基づいています。聖徳太子を供養する堂として建てられ、内部には太子ゆかりの遺品が集められています。

●西円堂・薬師如来像【国宝】

【出典】DEEPだぜ!!奈良は。

西院伽藍北西の小高い場所に、薬師如来像を安置している夢殿と同じ八角円堂の西円堂があります。現在の御堂は鎌倉時代の1,250年(建長2年)に再建(国宝)されたものですが、堂内に安置された薬師如来は創建時のもで、奈良時代を代表する秀作と言われます。

西円堂薬師如来は、法隆寺金堂の同じ薬師如来以上に強い民間信仰を集め、古くから民間信仰のメッカでもありました。西円堂の中央には薬師如来像、それを取り囲むように十二神像、北面に不動明王像、東面に千手観音像が安置されています。かつての堂内には無病息災、延命長寿を願って寄進された刀や兜、鏡などの品々が所狭しと置かれていたと言われ、現在はその一万点以上が宝物庫に納められています。

●南大門【国宝】

【出典】Railstation.net


【出典】法隆寺観光ガイド、ビジネス旅館やまべ

法隆寺への参道となっている約200mの松並木を進むと、正面に木造瓦屋根の大きな門が見えてきます。隆寺には南大門、西大門、そして夢殿のある東院の入口にある東大門と3つの門がありますが、正門にあたるのが南大門です。

三間一戸の八脚門で、正面の広さはおよそ3間、側面は2間で、前後に4本ずつ、計8本の柱が立っています。本瓦葺きの屋根の曲線が実に美しく、構造は、上部が切り妻造り、下部が四方吹き下ろしとなる入母屋造りとなっています。

現存の南大門は室町時代の1,438年(永享10年)に再建されたものです。創建時の南大門は、僧侶間の対立と権力争いが原因で、対立が激化し闘いがエスカレート、1,435年(永享7年)門に火が移って焼け落ちたと言われています。

●東大門(とうだいもん)【国宝】

【出典】Railstation.net

西院伽藍、東院伽藍の間にある八脚門で「中ノ門」とも呼ばれています。現存する日本最古の門で、三棟造(みつむねづくり)という奈良時代を代表する建築物の一つになっています。

■法起寺

法起寺は古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも呼ばれ、法隆寺、広隆寺、四天王寺、中宮寺、橘寺、葛木寺と共に、太子御建立七ヵ寺の一つに数えられています。この地は聖徳太子が法華経を講じた「岡本宮」の跡地と言われ、太子の遺言により子息の山背大兄王(やましろのおおえのおう)が、606年(推古14年)岡本宮を寺に改めたのが法起寺の始まりと伝えられています。

●三重塔【国宝】

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

現存するの三重塔の中で最も古く創建は706年(慶雲3年)、すべての仏塔の中でも、法隆寺五重塔に次いで古いのが法起寺の三重塔です。古塔としては屈指の24.3mもの高さがあります。

●講堂

【出典】Photo by (c)Tomo.Yun

法起寺の講堂は、寄棟錣葺き(よせむねしころぶき)の建物で、天平時代の講堂跡に1,694年(元禄7年)再建されました。本尊の木造十一面観音菩薩立像ですが、現在は収蔵庫に安置されています。

●木造十一面観音菩薩像【重要文化財】

高さは約350センチ、スギの一木造の立像です。10世紀(平安時代前期?中期)にかけての作と言われています。講堂のご本尊でしたが現在は収蔵庫に安置されています。

聖徳宗総本山 法隆寺
・住所 〒636-0115 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1の1
          TEL 0745-75-2555

☆聖徳宗本山 法起寺
・住所 〒630-0102 奈良県生駒郡斑鳩町大字岡本1873番地

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